自治体職員が書く“子育て支援・教育行政”

行政窓口で待機児童の家庭のお話をうかがったり、制度設計に奔走している者にしかわからないところを伝えたい、という思いで書いています。子どもの幸せ・親の幸せに幼児教育・保育制度はどう寄与していけるのか、一つひとつ制度を深掘りしていきます。

子育て支援のイロハ②(「整備」:保育園や認定こども園を建てるということ)

f:id:kobe-kosodate:20220321161619p:plain

 先回は、子ども・子育て支援の設計図にあたる「事業計画」について見ていきました。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

 その続きについて、これまでの経過を見ていきます。

1.計画どおりに園を用意(整備)する

f:id:kobe-kosodate:20220321155036p:plain

 次の積み木は、「整備」という名前の積み木です。

 これを役所や法人の理事長先生、園長先生に手伝ってもらって、①事業計画の上に置きます(図2)。

 整備には、施設の大規模な修繕や老朽改築などもありますが、ここで取り上げる「整備」は、

  1. 新たに保育所認定こども園などを建てたり、(新設)
  2. もともとある保育所などで受け入れられる子どもの人数(「定員」といいます)の増員を行うために増改築したり、(定員増)
  3. 地域の公民館などの余裕スペースを改修して新たな施設をつくったり

するなど、子どもを受け入れられる枠を増やすことです。

 整備する園には、役所が建てる「公立の園」もあれば、社会福祉法人や学校法人、株式会社などがつくる「私立の園」もあります。

 役所は「事業計画」に沿って不足する分を「整備」していかなければなりません。

2.横浜市「待機児童ゼロ」の衝撃

 待機児童解消を目指したこれまでの取り組みで、抜きん出た成果を挙げたのは横浜市でした。

 横浜市は、「保育待機児童解消プロジェクト」を立ち上げ、現場で問題を見ている職員が知恵を出し合って考えた施策を次々と実施し、平成22(2010)年4月時点で1,552人と、全国の自治体で最下位だったのを、わずか3年でゼロにしました。

 「保育所をつくればつくるほど、近くにできたのなら働きたいという女性が増えてニーズを掘り起こし『いたちごっこ』だ」となげく他の役所を横目に、当時の林市長は「申込者が増えるのはいいことで、ウエルカムです。就労したいのに、子どもを預ける場がなくて我慢していたということですから」と答えています(『読売新聞』平成25(2013)年1月24日)。

 これまでいくつもの役所が「待機児童解消は最優先課題」と言いながらなかなか進まなかった泥沼の問題に真っ向から取り組んで著しい成果を挙げたのです。

 この待機児童数というのは、国へ報告する数字であるため、国が定義を定めています。

 この数はイコール「申し込んでまだ入園できていない人」ではありません。

 たとえば、「この保育所しか行けない(あるいは「行きたくない」)」と、特定の保育所を希望して待機になっているが、実は近くの他の保育所なら空いていて紹介を受けたが断った場合などは、国が定義する待機児童には入りません。

 その他にもさまざまな条件があります。

 ですので、ゼロといっても解釈や評価はさまざまかもしれません。

 しかしながら、その国定義の待機児童すらなかなかゼロにできない自治体が多い中での際立った横浜市の取り組みは、全国の自治体に衝撃を与えたほか、政府は横浜市の取り組みを全国の自治体に「横展開」させる方向に動いていきました。

3.女性の就労促進を目指す「待機児童解消加速化プラン」

 平成25(2013)年5月、安倍首相は「女性の活用」を成長戦略の一環に位置づけ、女性が働きやすい環境を整えるということで「待機児童解消加速化プラン」を打ち出します。

 少子化と女性の就労動向などから、平成29(2017)年度が「子どもを預けて働きたい」という保育需要のピークだとみた政府は、横浜市の取り組みを「横展開」させることで、その平成29(2017)年度末には全国の待機児童を解消させると宣言しました。

 そして、全国の役所が今後作成する「事業計画」においても、平成29(2017)年度末には待機児童が解消する計画にするよう指示が出たのです。

 (結果として達成できず、次の「子育て安心プラン」に引き継がれ、目標年次は令和2(2020)年度末に変更されましたが、令和2(2020)年度においても達成できず、さらに先送りされました。)

4.新制度を前倒しした「原則認可」

 ところで、制度上、「事業計画」に沿って整備が行われますので、必要な量が整備できていない区域で「認可してほしい」とどこかの法人が役所に申請を出してこられた場合、認可要件がそろっていれば、その園を認可(平たくいえば「開園(開業)できる」ということです)しなければなりません(これを「原則認可」といいます)。

 どうしてそのような方針になったのかといいますと、新制度になるまでは、「認可」は役所の裁量にまかされている部分がありました。

 たとえば、財政的に工面できないので、待機児童がいても新しく園を建てることを渋る役所もあれば、国は以前から株式会社が保育所を設置することを認めていますが、役所によっては断っている事例もありました。

 政府は、新制度まで待っておられないということで、平成25(2013)年5月の規制改革会議の提言を受け、株式会社立などについて排除することなく新制度の趣旨を踏まえて、原則認可するようにとの指示を出します。

 なお、私の地元の市ではすでに株式会社立の保育所もありましたが、数は多くありませんでした。

 それは、保育所を運営するための費用として役所から受け取るお金(「運営費」といいます)は厳しく使いみちが決まっていることや(「使途制限」といいます)、社会福祉法人のような財産の処分に制約のある非営利法人とは異なり、営利法人である株式会社には、保育所を設置する際の初期投資について国からの補助金も制限されていたからです。

5.待機児童解消への手法

 単純に保育所をたくさん作れば待機児童解消できるではないかと思われるかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。

 実際に待機児童解消に向けて、新制度で国が推し進めようとしているやり方はおおきく4つあります。

 一つ目は、認定こども園保育所などを新たに建てること、

 二つ目は、幼稚園を改修して認定こども園になってもらい、長時間受け入れる枠を増やすこと、

 三つ目は、認可外保育施設を改修するなどして、地域型保育事業所や保育所など、役所が「認可」する園になってもらうこと、

 そして最後の四つ目は、それら受け入れる子どもが増えることに対応するだけの先生(保育士や幼稚園教諭)を増やすことです。

 

 1つ目の「認定こども園保育所などを新たに建てること」ですが、0歳から5歳までにわたってまとまって待機児童がある場合、このやり方が当然基本のやり方になります。

 しかし、1つ目のように新たに園を建てようとすれば、その土地を見つけなければなりませんが、なかなか駅の近くなど利便性のよいところではまとまった物件は見つかりません。

 また、すでに幼稚園では、ある程度預かり保育を実施して、フルタイムの共働きの家庭でも利用していたり、パート勤務の保護者の子どもならすでにたくさん通園しているという園もあります。

 そこで、幼稚園を改修して園の調理室で調理された給食を提供できるようにするなど準備を整えてもらって、幼稚園でも長時間の保育が必要な子どもの保育をして、効率的に待機児童の解消につなげようとするのが2つ目のやり方です。

 また、認可外保育施設に改修してもらうなどして、認可の園に格上げして、質の確保された保育を提供してもらうことなども、3つ目として国の進めていることです。

 ただし、これら受け入れの枠を増やしても、肝心の先生(保育士)がいなければ、実際の保育はままなりません。そこで、最後に挙げた保育士の先生の確保が大変重要になってきます。

 

 待機児童解消については、以下の記事も参考にしていただければと思います。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

kobe-kosodate.hatenablog.com

6.女性就労率80%分の保育枠を整備する「子育て安心プラン」

 平成28(2016)年、国は企業主導型保育事業をスタートさせました。これは、保育する人のうち、半数未満は保育士資格を不要としながら、おおむね保育所並みの基準を満たすことを条件に、国から助成金を受けて従業員や地域の子どもを保育するものです。

 次いで平成30(2018)年度からスタートした「子育て安心プラン」。

 目標は、2020年度末までに待機児童を解消し、日本がスウェーデン並みの女性就労率80%スウェーデンの女性就労率は82.5%(2016年調べ))になっても対応可能な保育所などの受け皿確保を目指すというものでした。

 日本の25歳から44歳までの女性の就労率は、平成28(2016)年時点で72.7%、待機児童は令和2(2020)年4月時点でも全国に12,439人いました。

 

(参考 保育所等利用率の推移)

保育所等利用率:当該年齢の保育所等利用児童数/当該年齢の就学前児童数

厚生労働省の「保育所等関連状況取りまとめ」等より抽出
f:id:kobe-kosodate:20220321155102p:plain

 

 ここまでお読みいただきありがとうございました。(^^)/

子育て支援のイロハ①(子ども・子育て支援の「設計図」)

f:id:kobe-kosodate:20220313221345p:plain


 以前に、認定こども園保育所・幼稚園に入園するときの「教育・保育認定」というものについて(1号・2号・3号など)について紹介しました。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

 また、一部無償にもなっていますので、無償化もみていきました。(新1号・新2号・新3号も少し紹介しています。)

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

 しかし、今でも隠れ待機などが問題視されていますので、その点も以前にふれました。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

 一方で、せっかく入園できても、肝心の中身が子どもの健やかな発達に適わない内容でしたら話になりませんので、その点の役所の役割なども以下の記事などでみていきました。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

 今回は、それらの前提となる制度の仕組みを、土台から掘り下げて見ていきます。

1.子ども・子育て支援新制度の「起・承・転・結」

 よく「話には起・承・転・結がある」と言われますが、新制度も、この流れを知っていただくことが、遠回りに思えても、日本の幼稚園や保育所認定こども園などがどういうルールの上にのっているのかを知る近道です。

 一般の方にも新制度の手続きをできるだけ分かっていただきたいので、これから新制度を「積み木」にたとえて説明していきます。

 積み木は、下の方から積んでいきます。下の方がグラグラしていたり小さかったりすると、どれだけ上の方に高く積みたくても途中で倒れてしまいます。

 同じように新制度も、下の土台がしっかりしていないとどれだけ上に立派なものを積もうとしてもうまくいきません。

 

 この積み木は一人で作るのではありません。役所がそばでああだこうだ口を出したり手を出したりしながら、園の先生方や保護者と一緒に積み上げていく協働作業です。

 どんな積み木を積んでいって、どんなものが建つのか、これから何回かに分けて見ていきたいと思います。

2.事業計画を策定する

f:id:kobe-kosodate:20220313220713p:plain

 まずはじめの積み木は「事業計画」という名前の積み木です。これは横長の形をしています(図1)。(積み木を積んでいった完成版が見えてこないと、この図1だけでは意味不明ですが。。。)

 役所(この場合、市町村)は、まず「子ども・子育て支援事業計画」(略して「事業計画」)を作らなければなりません。

 

 「事業計画」には、

①まず理念」(「うちの地域の子ども・子育てをどうしていくのか」)を文章化し、

②新制度のそれぞれのサポートについて、市民がどれだけ必要としているのか(ニーズ)、

③そして、今のところどれだけ園の数や受け入れできる枠(キャパシティ)があって、

④今後の不足あるいは過剰はどれだけか、その不足分をいつまでに整備していくのか(確保方策といいます)ということを書いていきます。

 また、そこには、幼稚園や保育所が「認定こども園」に看板替えしていくことを、市町村でどのようにサポートしていくのかも書かなければなりません。

 そのほか、

①出産で育児休業に入ったお母さんが職場復帰したいときにスムーズに保育所などに入園できるように、市町村としてどのようなサポートを進めていくのか、

②障がいのある子どもの教育・保育サービスを受ける平等な機会の提供についてどう取り組んでいくのか、

③ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の推進についてなども記載に努めることとされています。

3.国の「基本指針」が新制度の出発点

 平成24(2012)年8月に『子ども・子育て支援法』などの法律が成立し、市民に一番身近な市町村が「新制度の実施の中心」になることは決まったものの、役所はすぐ準備に動き出せるわけではありませんでした。

 まず、国が「子ども・子育て支援に関する基本指針」(略して「基本指針」)を作る必要がありました。

 「基本指針」には、市町村の事業計画に具体的に何をどう盛り込むかが描かれます。そのため、国は平成25(2013)年4月に、全国の学識経験者や幼児教育や保育の団体代表者、自治体の代表らによる「子ども・子育て会議」を立ち上げ、早急に議論を進めました。

 そして、平成25(2013)年8月に『子ども・子育て支援法に基づく基本指針の概ねの案』が公表されます。

 その中で、今後、各市町村が事業計画を作る上で土台となる、市民ニーズを正しく把握するための「ニーズ調査」の調査票イメージなどが示されました。

 こうして、役所はあわただしく「ニーズ調査」の作業へと移っていきます。

4.市民アンケート(ニーズ調査)で「量の見込み」をはかる

 新制度準備の残業から帰宅した私が、家のポストに見つけた役所からの封書。「ニーズ調査」の調査票が私の家にも届いたのです。

 待機児童のニュースなどを聞かれ、はじめから保育所の入所をあきらめておられる家庭や、「近くに保育所ができれば子どもを預けて働きたい」というお母さんなど、現在保育所の待機児童と言われる方以外にも、隠れた保育ニーズがあります。

 それを「潜在的なニーズ」といいます。

 新制度では、潜在的なニーズの分まで保育所などを用意しなければならないとされ、そういったニーズも含め、ニーズ調査で明らかにしようとしました。

 また、そのほかさまざまな子育てに関するサポートのニーズも調査しました。

 私たちの市では平成25(2013)年の秋に、この「ニーズ調査」を実施しました。

 この調査結果の数字がそのまま計画の土台となっていきます。

 その後、技術的な算出方法など、国から助言ももらいながら、どれだけのニーズがあるかをとりまとめていきました。

5.有識者らによる子ども・子育て会議

 事業計画は、役所の担当者の力だけで良いものが作られるものではありません。

 『子ども・子育て支援法』では、自治体にも地方版の「子ども・子育て会議」を設置するように努めるよう定められています。

 「子ども・子育て会議」のメンバーは、学識経験者や幼稚園、保育所、その他児童福祉に従事される先生方、子育て中の家庭の方など、それぞれの役所の方針に沿って選びます。

 「子ども・子育て会議」では、「事業計画」策定に関することを審議するほか、幼保連携型認定こども園の「認可(あとで説明しますが、開園許可のようなものです)」、園の利用定員の「確認(あとででてきますが、税金で運営してよい受け入れ人数を「確認」することです)」などを話し合って審議します。

 

 また、「子ども・子育て会議」は、新制度が始まるまで毎月のように会議を開いていただきましたが、新制度開始前にだけ必要なものではありません。

 NPO法人子育てひろば全国連絡協議会理事長である奥山千鶴子氏は、「第二ステージに進化させよう!子ども・子育て会議」として、報告書に以下のように述べています。

 現在進行中(※注 この報告書は平成26(2014)年11月発行)の議論が地方版子ども・子育て会議の第一ステージだとすれば、新制度スタート後には第二ステージに入ります。

第一ステージの議論は、時間との闘いでもあり、保育所などの量の議論がどうしても中心になりがちだったのではないでしょうか。ただ、計画は決して「作ったら終わり」ではありません。作った計画に「魂」を込めないといけません。

地方版子ども・子育て会議の第二ステージでは、しっかりと「質」の議論も深めながら、地域づくり、ネットワークづくりを関係者が一体となって語りあうことが重要です。地方版子ども・子育て会議は、子ども・子育て支援新制度がスタートしたら役割を終えるのではありません。むしろ、これからの第二ステージこそが大事です。  

子育て家庭を取り巻く社会環境は、年々変わっていきます。制度もインフォーマルな支えあいも、しっかりその変化に対応できるよう進化させていきましょう!

(『子ども・子育て支援新制度 普及・啓発人材育成業務報告書』内閣府

 近況の報告や事業計画の途中経過の検証状況など、さまざまな議論をとおしてよりよい制度にしていくことが、子ども・子育て会議のこれからの大きな役割になってきます。

6.確保方策の検討

 さきほどの「ニーズ調査」で、今後5年間の潜在ニーズも含めた必要な園の数や利用枠が推計できました。

 それによって、現在と比べて、どれだけ不足しているかが明らかになるはずです。その不足分について、幼稚園や保育所認定こども園や地域型保育事業所など、どのような類型の園を建てて、何年度に何人分の枠を、確保(整備)していくかということを決めていきます。

 たとえば、幼稚園に通園するような子育て家庭のニーズが思いのほか大量にあって、園が不足しているのなら、幼稚園あるいは認定こども園を整備することになるでしょう。

 一方、3歳以上で、ある程度長時間の保育が必要な子育て家庭のニーズが高く、保育の枠が不足している場合には、保育所あるいは認定こども園、また、長時間の預かり保育をしている幼稚園の出番です。

 しかし、2歳までの子どもで、長時間保育が必要な子どもの枠だけが足りないのであれば、0~2歳を対象とした地域型保育事業所を増やすことでも対応可能です。

 実際には、公立園と私立園、幼稚園と保育所のバランス、これまでの設立経緯や地域の方々のご理解など、さまざまなことを考慮して、確保の方策を検討しなければなりません。

7.事業計画の完成

 計画案ができると、一般市民の方にもご意見をうかがいます。

 そうして、いろいろな方々の目に触れご意見をいただきながら、計画は完成していきます。

 なお、都道府県は市町村分をとりまとめた都道府県バージョンの「子ども・子育て支援事業支援計画」を作成します。

 事業計画は公表されていますので、誰でも見ることができます。

 この「事業計画」は、お話ししていく積み木の一つ目です。

 この積み木を置かないと、上に次の積み木を置いていけません。

 ですので、非常に大切なものです。川にたとえるならば、川上・水源地にあたるのがこの「事業計画」といえるでしょう。

8.計画は一年単位で点検、計画の中間年で見直しも

 計画を作ったからには、新しい園を作りたいというお話が事業者(社会福祉法人や学校法人、株式会社など)からあった際は、この計画に照らして必要性を検討しなければなりません。

 また、「事業計画」は5年計画ですので、5年ごとに更新することになっています。

 

 一方で、

 ①一年ごとに、園の整備や事業の実施状況について、子ども・子育て会議で議論していただくとか、利用者の視点に立った指標を使うなどしながら、点検・評価してその結果を公表していくこと、

 ②教育・保育給付認定を受けている方(利用したいという家庭)が、計画時点の見込みよりも大幅に多い場合は、その方々(入園を待っている方々)に対応するために、新たな園を増設するなり、今の園を増築するなりの対応を行うために、計画途中の三年目を目安に、計画見直しを行うこと、

 が定められており、住民目線での機動的な見直しが求められています。

 

 続きの「積み木」は、またの機会に。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。(^^)/

知事や市長の教育行政への関わり度

f:id:kobe-kosodate:20220313163839j:plain


 以前、公の学校教育を進める教育行政は、教育委員会が主となっていることをみてきました。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

 今回は、首長の役割について少し掘り下げてみていきます。

1.総合調整権、予算調製権

 自治体の顔は首長(知事や市長など)ですし、教育長や教育委員の名前や顔を全員知っている方には、職員以外でお目にかかったことがありません。

 自治体の教育の仕事について、もちろん首長が無縁ということはなく、まず、首長には「総合調整権」があります。

地方自治法
第138条の3 普通地方公共団体の執行機関の組織は、普通地方公共団体の長の所轄の下に、それぞれ明確な範囲の所掌事務と権限を有する執行機関によつて、系統的にこれを構成しなければならない。
2 普通地方公共団体の執行機関は、普通地方公共団体の長の所轄の下に、執行機関相互の連絡を図り、すべて、一体として、行政機能を発揮するようにしなければならない。

 そして、何より「予算調製権」があり、予算の案を議会に上げるのは首長の仕事です。

2.首長(市長など)が行う教育行政の仕事

 公立学校のことなど基本的な教育行政は教育委員会で行いますが、私立学校のことなど、教育委員会ではなく市長部局が所管しなければならないと定められている仕事もあります。
 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(いわゆる地方教育行政法)でみていきますと、以下の仕事が教育委員会ではなく、首長(の部局)の仕事になります。

首長の職務権限(法第22条)
  1. 教育大綱の策定
  2. 大学
  3. 幼保連携型認定こども園
  4. 私立学校
  5. 教育財産の取得・処分
  6. 教育委員会所掌事項に関する契約締結
  7. 教育委員会所掌事項に関する予算執行

 また、最近の法律改正により、法第23条の規定により、地方自治体が条例で規定すれば、以下の事務も首長の職務権限にすることが可能となっています。

  • 図書館、博物館、公民館その他の社会教育に関する教育機関の設置・管理・廃止
  • スポーツ(学校体育を除く)
  • 文化、文化財の保護

 そのほか、委任や補助執行という行政事務上の取り扱いにより、首長(の部局)と教育委員会(事務局)は、事務をお互いに融通しています。

 東京大学大学院の村上祐介准教授も『アクティベート教育学⑤ 教育制度を支える教育行政』(青木栄一編著:ミネルヴァ書房)で、「教育行政は教育委員会のみが所管しているわけでなく、むしろ首長と教育委員会が二元的に管理していると理解した方がよいと考えられます」と言われています。

 なお、最近は、先ほど挙げたような首長権限への移行が進むような法律改正が続く一方で、就学前の教育や保育を教育委員会に集約する市もあります。

3.教育大綱と教育振興基本計画

 地方自治体(首長や教育委員会)が定める方針や計画として、大きいものに「教育大綱」と「教育振興基本計画」があります。

(1)教育大綱

 教育大綱は、地方教育行政法第1条の3に基づき、教育委員会と「総合教育会議」を開いて協議して、市長が定めるものです。平成26年の地方教育行政法改正により、新たに作ることになったものです。地域住民の意向のより一層の反映などを目的としています。

(2)教育振興基本計画

 一方、教育振興基本計画についてですが、国は、教育基本法第17条第1項に基づいて国としての「教育振興基本計画」を策定しています。

 計画期間は5年となっています。

 そして、その国の計画を参考にして、自治体でも地域に合わせた「教育振興基本計画」を策定することに努めなければならないとされています。

 教育振興基本計画は、市長部局ではなく教育行政のだいたいを担っている教育委員会で策定している自治体が多くみられます。

 教育委員会全体の取組状況については、毎年、学識経験者などの意見も取り入れながら、点検・評価して報告書にまとめ、議会に提出し、住民に公表することとされています。

 

 この2つの計画は、市長と教育委員会で行う総合教育会議で議論し、方向性を一致させることが地方公共団体に求められていると言えます。

4.「公教育の政治的中立性」と「国民がのぞむことの反映」

 首長が教育にあまりに口を出すことは、政治的中立性が損なわれるとして、一般に教育サイドからは疎んじられるのかもしれません。異論、反論もあると思いますが、少し掘り下げてみていきたいと思います。

 教育基本法では、「教育は不当な支配に服することなく」行われるべきものであるとされています。

 そして、以前の記事でご紹介したように、中立性の確保の趣旨も含めて教育委員会制度ができています。

 一方、先ほど「地方自治法」で紹介しましたように、首長は、教育委員会を含むすべての執行機関をまとめる地方自治体の顔として存在します。

 そして、教育委員会の予算を用立てる権限は市長にあります。

 「総合教育会議」を開いて、教育全般の意見を教育委員会にも言うことができ、教育大綱を策定します。

 教育行政の執行管理は教育委員会に任されているものの、教育委員会の構成や大きな施策の方向性は市長が関わることになっています。

 よって、市長が教育について意見を述べたり、大きな方向付けをすることになんら問題はなく、市長と教育委員会の関係において健全だといえます。

 一方で、その意見に教育委員会が忖度して動いたりするのでなく、専門性を持つ立場として教育委員会が判断・行動することが、そこに付いていきます。

 地方教育行政法が改正され、首長が教育大綱を作ることになったり、総合教育会議を開くようになったりしたのは、いじめへの対応など教育委員会に対する批判が発端です。

 教育委員会は責任所在があいまいで、動きが遅く、国民意識(民意)からかけ離れている。そういうイメージを国民に与えました。

 このテーマで提起される問題は、

  • 「教育の政治的中立性」

=子供たちには政治的に偏らないことを教えなければならないのではないか(政治家である首長は、教育に口出ししてはいけないのではないか)

ということと、

  • 「民意の反映」

=国民がのぞむことや、思っていることを首長が代弁することで教育内容に反映させるべきではないか

という双方の考え方を、どう折り合いをつけるかにみえます。

5.親、国、その他大勢(民意)が、その子どもの教育内容にどのように関与する立場にあるのか

 論点は少しずれますが、子どもの親、国、そしてその他大勢(民意)が、その子どもの教育内容にどのように首をつっこむ立場にあるのでしょうか。

 過去の裁判結果を紐解きますと、まず、「教育を施す権利というのは、教育を施す者の支配的権能ではなく、子供の学習する権利に対応して、その充足をはかりうる立場にある者の責務」なのだと言います。

 いわば権利にあらざる権利であり、教育における親や国・自治体の権利・権限は、それぞれの責任を果たすための権利だというわけです。

 そして、

 親の教育を施す権利は「家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれる」

 また、国は「子ども自身の利益の擁護のため」や「子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため」、「必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有するものと解さざるを得」ないとしています。

 この「子どもの成長に対する社会公共の利益と関心」(=民意)を反映させて、国が教育施策を進めるのだと読めます。

 1+1は民意がどうあろうと2です。政治的な問題については、国をパスした教科書の中から、教育委員会が選んで採用し、学習指導要領にのっとり、子供たちに教えます。
 一方、ICTをもっと活用すべきかどうかとか、子どもたちを取り巻く環境、価値観、家庭環境の急速な変化の中で、生活面の指導・支援をどうしていくのか、また、地域の教育環境を自然環境も含めてどのように整備・保全していくかなどについては、時代の動静や経済の動向に敏感な、いわゆる民意の反映が前提となってきます。

6.まとめ

 首長は、公教育に対して確かに指揮命令は及ばないことになっていますが、幅広く住民の命や財産を守る責務を担っていると考えると、いじめや体罰、また、学校施設の安全面など、児童生徒の命を守るという観点からは口を出せないはずがなく、そこで、地方教育行政法に定める、首長と教育委員会で行う「総合教育会議」にも、「教育を行うための諸条件の整備」とか「児童、生徒等の生命又は身体に現に被害が生じ、又はまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれる場合等の緊急の場合に構ずべき措置」などが、協議する事柄として挙げられています

 あらためて、首長と教育委員会の円滑なコミュニケーションと、教育委員会の専門性・信頼の構築が大切だということが見えてきます。

 

 ここまでお読みいただきありがとうございました。(^^)/

学校の組織が役所にわかりづらいところ

 私の好きな万城目学さんの本に「鹿男あをによし」(幻冬舎文庫)があります。

 この本に、大学の研究室を追われた主人公が、奈良の女子高に赴任し、非常に苦労する始めのあたりで、

 それぞれがそれぞれのやり方でおれを心配してくれる。されど、他の教師の指導内容に踏みこむことは非常にデリケートな問題を孕むので、誰もが外側からおれをのぞきこむばかりである。藤原君ですら、境界線の手前でかりんとうの瓶を脇に佇んでいる。きっと皆、おれから話し始めるときを待っているのだろう。だるまやかりんとうは、いつでも話を聞く用意があるというサインなのだろう。

(出典元:万城目学鹿男あをによし幻冬舎文庫

というくだりがあります。

 私を含めた役所の人間が、学校と一緒に教育行政をよい方向にもっていこうとするときには、お互いの理解が欠かせませんが、とり挙げた「鹿男あをによし」の文章にみえる「教授の自由」の概念を含み、学校の組織や教師の立場、意識についてはなかなか分かっていないことを反省します。

 

 以前の記事で、役所(自治体)で教育行政を行うところとして、教育委員会についてふれました。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 今回はその続きです。

 教育委員会と学校の関係と、学校の組織的なところをみていきます。(またもや一般の方には退屈な話かもしれません。。。ご了承ください。)

1.教育委員会事務局

 教育委員会には、その事務を行う職員の集まりがあり、それを「教育委員会事務局」といいます。教育委員会事務局は、教育委員会の内部組織です。

 ちょうど首長(市長など)の手足(補助機関)である職員が、首長の名前で仕事をするように、教育委員会事務局職員は教育委員会や教育長の名前で仕事をします。

 また、学校などをしっかりサポートし、指導できるよう、事務局に指導主事などがいます。

2.学校

 教育委員会が管理し、責任を負っているものに学校や公民館などの教育機関があります。

 教育機関の中でも、子供たちの教育にとってきわめて重要な学校は、教育の実践が行われる場であり、教育委員会やその事務局の取組・施策は、紙や資料の上ではなく、学校現場でこそ具現化されなくてはなりません。

 学校の種類については、次の記事で簡単にふれていますので、そちらもみていただければと思います。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

 学校には、校長がおかれます。

 校長は校務をつかさどり、学校の所属職員を監督します。

 市役所にはさまざまな出先機関や事業所とよべるものがありますが、学校教育法などの法令にもとづき、学校内のさまざまな権限と責任が、学校の長である校長にあり、学校現場の実情に応じて、校長が責任をもって対応するようになっていることが、学校の大きな特徴です。

 たとえば、学校内の人事や仕事の分担(「校務分掌」)は校長が定めることになっていますし、地域の実情や学校の児童生徒の状況に応じて、子供たちに行う教育課程を編成することも校長が行うことになっています。

 

【図】教育委員会と校長の権限

f:id:kobe-kosodate:20220228215255p:plain

 

3.学校が鍋蓋(なべぶた)組織だと言われること

 学校は、どのような組織で運営しているのでしょうか。

 役所などの人間は、組織というと、責任の所在を明確にするものとして上下関係がはっきりした以下のようなピラミッド型の組織をイメージします。

f:id:kobe-kosodate:20220305103130p:plain

(出典元:文部科学省 マネジメント研修カリキュラム等開発会議(H17.2月発行)「学校組織マネジメント研修 ~すべての教職員のために~(モデル・カリキュラム)」より)

 

 そのような目線で学校の組織図を描くと、(いろいろなパターンがありますが)例として以下のような図になります。

 

【図】ある小学校の教職員をピラミッド組織として書いた例

f:id:kobe-kosodate:20220305101152p:plain

 

 親は学校と教師に教育を信託しており、教師はその信託に基づいて、各学級や子どもたちの状況に合わせ、また、教師の創意工夫で授業をしていきます。

 学年世話係や学年主任は、それら教師の学年内の相談・調整役や情報共有などを担っています。

 

【図】ある中学校の教職員をピラミッド組織として書いた例

f:id:kobe-kosodate:20220305101211p:plain


 一般的に中学校では、(小学校でも少しずつ広がっていますが)教科ごとに担任をしていますので、学級担任や学年主任は、教科担任をしながら、この図にあるようなクラス担任や学年全体をみる役割を担っています。

 このように見ますと、校長・教頭がぽつんと上にある以外は横並びで、たしかに鍋のフタのようにみえます。学校が鍋蓋(なべぶた)組織だと言われることがよくわかります。

4.学校はマトリックス組織 

 学校が鍋蓋(なべぶた)組織だと言われるのは、別の観点もあります。

 学校では校務分掌として仕事・役割の分担がなされますが、一例として、教職員は、以下のような部や委員会に属してその校務にあたっています。

 

(ある中学校での部や委員会の例)

 ※部を一般的に置かない校種もある。

 ※委員会はもっと多岐にわたっているが省略している。

f:id:kobe-kosodate:20220228222905p:plain

 

 あくまで一般的な話ですが、ピラミッド型組織のように、組織の上位者と下位者を結ぶ線に沿って仕事が降りてきたり、成果が上がっていったりするというよりも、学校では、教職員個々人に役割が複数分担され、その役割ごとの取りまとめ役もバラバラの教師が担うため、私(教師)の仕事の進捗はあの上司がすべて細かく把握しているということにはなりません。

 ですので、学校の組織を理解するには、ピラミッド型の絵に落とし込むよりも、以下の図のほうが的確に示すことができているように思います。

f:id:kobe-kosodate:20220305101311p:plain

(出典元:文部科学省 マネジメント研修カリキュラム等開発会議(H17.2月発行)「学校組織マネジメント研修 ~すべての教職員のために~(モデル・カリキュラム)」より)

 学校では、仕事が学年・教科・行事や取組などの要素で、網目状に調整が必要なため、「あの学級担任の仕事の状況は、全部あの学年主任がわかっていて・・」というピラミッド組織は難しいのだろうと思います。

 一方で、個々の教師の責任感と、ミドルリーダー(中堅の立場の方)が課題認識をもって組織を活性化させることにより、マトリックス組織は非常に機動的に動く側面があるように思います。

5.まとめ

 私は区役所や支所・出張所で、住民票や戸籍、マイナンバーなどの窓口や事務処理に従事していたことがありますが、その時には、えらくもない立場の私にすら、その私の指示を受ける立場の職員が20人以上いました。ですので、鍋蓋組織ということだけで言うと、別に学校の専売特許でもない気がします。

 ですので、学校の組織が役所の職員にとって分かりづらいのは、鍋蓋組織だからというよりも、役所の人間がよく知るピラミッド組織ではなく、どちらかというとマトリックス組織だからだということではないでしょうか。

 

 ここまで読んでいただきありがとうございました。(^^)/



「保育の保障」と「幼児教育の保障」

f:id:kobe-kosodate:20220227234110p:plain


 だいぶ前になりますが、国の少子化対策について以下の記事がありました。

 共働き家庭が急速に増加する中、幼稚園の預かり保育が普及し、保育所との役割の差は小さくなっている保育所でも小学校入学前に必要な非認知能力など幼児教育の重要性が高まっている。

(中略)

 現行の認可保育所の大きな問題点は家庭での保育を原則とし、欠ける場合に保育所が補完する「児童福祉法」に基づいていることにある。女性が本格的に働くことが当たり前の社会では、保育所は公共性の高い「保育サービス」に転換されなければならない。

(出典元:日本経済新聞電子版 2022/1/5 2:00 朝刊)

 今日は、この論調から教育・保育制度をみていきたいと思います。

1.「保育所はもはや福祉ではない」のか

 世間では保育園と言われる園の方が多いですが、それら保育園も保育所も、法律上は「保育所」であり、同じルールに基づくものです。

 すでに7~8年ほど前のことになりますが、保育所の保育料のルールについて、市会議員の先生に説明にうかがう機会がありました。

 その時、保育料について応能負担(払える能力に応じて(=応能)、保育料が変わる制度であること)などを説明していた際に、ご意見をいただいたのが保育所はもはや福祉ではない。社会保障制度だ。それに見合った制度にすべきだ」ということでした。

2.社会保障としての保育所

 たしかに、保育所制度は子育て家庭の社会保障の一翼を担っています。

 平成24年2月に閣議決定された「社会保障・税一体改革大綱」によって、今の「子ども・子育て支援新制度」の制度化が現実味を帯びました。

 これは、消費税増税を柱とする税制抜本改革を行うとともに、そのお金の一部を「子育て」の分野にあてるための改革だったわけで、「年金・医療・介護」に加え、「子育て」も社会保障の一つとして、恒久的な財源で保障されるようになったスタートでした。

 実際に、保育所などでの保育の推進は、児童福祉というよりも、子育て家庭の支援としての側面が前面に出ることの方が多いと言えます。

 私の市の子育て支援の計画でも、保育所の保育の推進や、いわゆる待機児童解消は「仕事と子育ての両立支援」という項目に出てきます。

3.児童福祉としての保育所 

 また、そもそも保育所は「保育を必要とする児童を保育する」施設です。もともとの「保育に欠ける」の文言が、子ども・子育て支援新制度の際に「保育を必要とする」に文言が改められました。

 家庭保育が前提で、それが欠如しているというニュアンスの「保育に欠ける」から「保育を必要とする」に改めたのは、現状の社会認識に合わせたものとみられますが、「保育に欠ける」も「保育を必要とする」も、保育所の役割として変わるところはないと、当時も国から説明がありました。

 そもそも「保育に欠ける児童を保育する」とは何かというと、これは「市町村の保育の保障」を言われたものです。

 この「保育に欠ける」の前には、「市町村は」がついています。我が国では、小・中学校の学齢期の子どもに教育機会が保障されているように、「保育」については、市町村に義務化されているのです。

 

(これを思うにつけ、待機児童問題は喫緊の課題であることがいよいよ知らされます。待機児童については以下の記事もご覧いただければと思います。)

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

kobe-kosodate.hatenablog.com

 

4.「保育の保障」面と利便性のどちらも求められる保育所制度

 市町村が必要な子どもの保育を保障するため、保育所は、社会保障としても、福祉としても、それこそ裕福な家庭からそうでない家庭まで、また、幸せ感いっぱいの家庭から愛着形成も進まない養育環境の子どもまで、幅広くその子の保育を保障しています。

 「保育の保障」を市町村に課している以上、これは「保育の義務化」です。学齢期の義務教育のようなものです。

 そのために、保育所の利用にあたって、市町村の義務の範囲なのかどうか、入所する事由を審査し、優先度合いをみて選考します。

 家に居る日は家庭で子どもをみてほしいと園が言ってくるのも、その保育所の設置目的からきます。

 だからこそ、保育所のサービスは、簡単に使える利用者本位の仕組みになっていないと言われることもありますし、実際に、過度な手続きは改善していかなければならない面も否めません。

 よって、冒頭の記事のように、幼稚園と似通った施設になってきているのに、幼稚園が融通が利く一方で、保育所は家庭保育を補完する制度としての位置づけのままで、「公共性の高い保育サービス」になっていないと批判されることになります。

5.制度上は、この国に「幼児教育の保障」は無い

 しかし、私はこの批判は、保育所(制度)に向けるべき刃ではないとみます。

 さまざまな養育環境の家庭がある中で、保育所に「保育の保障」は要りますし、これはかけがえのないものです。

 「保育の保障」を前提として、役所は利用調整をし、障がいのある子どもでも、受け入れ先は無いか、悩み、調整に努力を重ねます。

 現状制度では、(理事長・園長すら自覚されていない園もありますが、)幼稚園から移行した幼保連携型認定こども園も含め、保育所と幼保連携型認定こども園は、児童福祉施設として、保育が真に必要な子どもを、自治体が保護者の申請無しに入所を措置することもあり得る施設なのです。

 ですので、利便性も大事ですが、保育の保障を失うような方向性に舵を切るのは後でとりかえしがつかないことになりかねません。

 ふりかえって、冒頭の記事では「現行の認可保育所の大きな問題点は家庭での保育を原則とし」とありました。一方で、幼稚園に行っている子どももいます。

 この「家庭での保育」と「幼稚園」とをどう読むのが、児童福祉法上妥当な読み方なのでしょうか。

 この記事に沿った言葉遣いをするならば、幼稚園を利用している家庭を含み、家庭での保育に欠ける場合に、保育所が補完する」のが保育所という制度になります。

 ですので、「幼稚園での集団教育や家庭での教育を受けられる子どもはそれでよいけれど、就労などで外出している時間が長くてそれは難しいという家庭は保育所で必ず保育して、養護と教育を一体的に提供します」というのが保育所制度です。

 ということは、幼稚園に行けるような親の就労状況にある子どもは、幼稚園ですべからく幼児教育が受けられているという前提が、保育所制度側にはあるわけです。

 しかし、そうはなっていません。我が国では、いわゆる幼稚園での教育機会については保障されていないのです。

6.「無償」は「義務」ではない

 数年前に幼児教育は無償化されました。しかし、「無償」は義務とは全く異なります。無償であろうが、そもそも3歳からの幼児教育施設が無い自治体だってあるわけで、そうなれば、無償かどうか以前の話です。

 また、無償化であっても、入園や園の選考に要する費用などは園独自に設定されるものであり、親の資力によって選択の幅は狭まります。

 幼稚園に行きたくても、障がいやその他の理由で園の教育方針に合わなければ入園が叶わないこともあり、役所が保育所入所について、さまざまな障がいのある子どもも、まずはなんとか受け入れられないか検討するところから始めるのとは受け入れの前提が異なります。

 しかし、その園について私は批判しているわけではありません。それが幼稚園という制度なのであり、記事にあるように、非認知能力など幼児教育の重要性が高まっているというならば、「養護と教育を一体的に提供する保育」が、保育所に通える一部の子どもに保障されているように、残る子どもたちには、幼児教育が保障されなければならないのではないかと言いたいのです。

 認可保育所の制度は、児童福祉法に基づき、カバーすべき範囲の教育保障をするスキームになっています。逆に、学校を名乗る幼稚園の制度が、カバーすべき範囲の教育保障をしていないのならば、それこそ公共的なサービスとしては課題があると言えるのではないでしょうか。

 

 ここまでお読みいただきありがとうございました。(^^)/

「幼保の一元管理」は形式的な話か、それとも子どもの幸せに直結するか

f:id:kobe-kosodate:20220219191113p:plain
 こども家庭庁を設置する話題において、新聞紙上でよく課題提起されているのは、組織の検討において幼保の一元管理が進まなかったという点と、財源面が充実するか分からないという点の2点です。

子ども中心の行政を確立するとともに、少子化に歯止めをかけるための新しい行政組織として、「こども家庭庁」の創設が2021年末に閣議決定された。しかし、文部科学省厚生労働省内閣府の縦割り行政の一本化や、諸外国に比べて少ない財源の確保などの措置は明確ではない。これでは岸田内閣の少子化対策への本気度は疑わしい。
出典元:日本経済新聞電子版 2022年1月5日 朝刊

 幼保一元化については以前にも2度記事を書かせていただきました。
kobe-kosodate.hatenablog.com
kobe-kosodate.hatenablog.com

 今回はまた違う観点からみていきたいと思います。

1 こどもに関する政策は待ったなし

 幼稚園と保育所の管轄を同じにすることは、それらの設置趣旨や制度の根本から異なることから、非常に大変な作業が要るのは事実です。
 日本大学教授で内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員の末冨芳氏は、以下のように言われています。

 幼保一元化をしないなら意味がない、こども庁が先送りされるようだ、このような単純化しすぎた偏った報道はとても危険です。
すでに省庁間連携での取り組みが進展してきた幼保一元化よりも、いままで取り組みがゼロだったこども政策に急いで着手するほうが、子ども若者のためにはよほど重要だからです。(中略)
 私は、幼保一元化はこども庁では不要であるという議論を、当初から展開してきました。
 幼保の制度統一にだけコストが割かれ、「やった感」だけが大人の間で演出され、子ども若者への投資や政策は充実しない、親子置き去りのノーメリットオプションだからです。
 教育政策の専門家として、エビデンスに基づくならば、幼保一元化など形式的なことにこだわるよりも、保育・幼児教育の質の向上のための適切な政策(とくにカリキュラムの質の向上)とそのための政府投資が急がれるからです。
出典元:子どもも親も置き去り?設置先送り批判・幼保一元化偏重のこども庁報道が危険な2つの理由 #こども政策(末冨芳) - 個人 - Yahoo!ニュース

2 幼保の一元管理はたしかに手段に過ぎないが、幼保の違いが、子ども政策のかなりの足かせになっているのでは

 こども家庭庁の創設にかかわっておられる先生方の論調を拝読すると、たしかに、餅は餅屋と言われるとおり、こども政策は喫緊の課題であること、そして、保育園や幼稚園利用において、乳幼児期からの教育・保育の質の担保が大事なことや、乳幼児期の教育・保育に財源投入することが日本の今後にとってとても必要なことなどが確信を持って伝わってきます。
 一方で、教育や保育の質はこうあるべきだという統一カリキュラムをいくら作っても、もともと向かう方向が異なり、公的な補助も根本的に異なり、経営の自由度が大きく異なり、基本的に国のカリキュラムに従う義務が無い施設類型もある中で、教育や保育の質を統一的に確保することは出来ようがありません。
 例えば、いくら0〜2歳でこんな保育が良いという素晴らしい資料が国で出来上がっても、保育園のクラスと、幼稚園のプレ保育は、公のお金のかけ方も、職員配置も利用ルールも違います。
 自治を旨として競争社会の中での経営で信用を得てこられた私立幼稚園と、それよりも公的なバックアップは比較的手厚いものの、福祉の受け皿として障害のある子どもも養育上の支援が必要な家庭も総ぐるみで支えることを信条としてこられた私立保育園の実態があります。
 そのどちらもその意義の中で地域の教育・保育を守っておられるわけですが、そもそもの制度の元を作っている国が、その制度の違いはそのままでも、同じく教育レベルが保障されるとか、障害児もきめ細かに保育を受けられるとか、どうしても園と反りが合わない家庭の子どもの教育・保育が保障されるなどと本気でお思いならば、それは首をかしげざるを得ません

3.認定こども園の4類型、幼稚園、保育園で障害のある子どもへの国の支援が違う

 保育園の制度では、厚労省の障害児保育のための園への補助制度があります。また、幼稚園でも、文科省特別支援教育振興として障害のある子どもの受け入れに対する補助制度があります。
 しかし、その対象範囲(どの程度の障害かなど)は異なりますし、補助対象となるかの審査も違います。また、補助額もまったく異なります。
 建前上、主婦層と共働き層が制度上分かれていた時代まで、すなわち子ども・子育て支援新制度が始まるまでは、幼保の違いということで説明していましたが、現在は、多数の幼稚園や保育園が認定こども園に看板替えしていて、よく批判される三元化どころかマトリクス的な制度になっています。
 それは、施設類型だけでなく、利用者の支給認定でサービスの趣旨(教育色か福祉色か)が分かれるからです。
 小さな例を挙げれば、幼稚園型認定こども園の0-2歳と3-5歳の子どもは、どちらの補助制度でしょうか。
 0-2歳は、保育枠であり、厚労省制度で対応するとして、3-5歳になれば、幼稚園型なので、文科省制度で対応するのが基本で、(この時点で何を説明しているのか意味が分からないでしょうが、)3-5歳で審査基準上、対象から外れるならば、子どもにとっても園にとっても何もよいことはありません。
 これは、子どもや家庭にとって理屈のない差異のほんの一例です。


 今、オミクロン株の流行で、幼稚園も保育園も大変なことになっていますが、同じ年齢に対しても、文科省が幼稚園に出しているマスクの扱いと、厚労省の保育園への通知は、内容が異なります文科省は、小中学校での対応をベースに幼稚園について補足しており、厚労省は、乳児期等の対応から年長の子へと考えを広げています。どちらも専門的見地に基づくものです。
 私はどちらの立場も経験していますので、文科省厚労省もその言いたい趣旨や、そう言われている背景は理解できますが、今は学校であり児童福祉施設である認定こども園がたくさんあります。その園はどうしたらよいのでしょうか。

4.まとめ

 国は、こども家庭庁に、文科省などの他省庁に物申す権限を付与することによって、一元的対応を進める手立てとしようとされています。
 それは、たしかに一定の効果はあると思いますが、こと幼保に関して言うならば、そんな大綱レベルで幼保を合わせにかかっても、それこそ机上の話であり、子どもへのサービスの不公平はそんなレベル感で発生しているのではないことを、国も、それに従って動くことになる自治体も肝に銘じなければなりません。
 何より、自治体は(もしかしたら国もそうかもと疑ってしまいますが)、まず、幼保とは何かをもっと知らなければならない、そこからなのだと知らされます。

教育行政をおこなうものについて

「王のなすべきことは、一つの樹から百の果実を得られるような優秀な人材を、長期間かけて育成すること」

 ~ 一年の計は穀(こく)を樹(う)うるに如(し)くは莫(な)く、十年の計は木を樹うるに如くは莫く、終身の計は人を樹うるに如くは莫し
 一樹一穫なる者は穀なり、一樹十穫なる者は木なり、一樹百穫なる者は人なり
 我れ苟(いやし)くも之れを種(う)う、神の之れを用ふるが如し。
 事を挙ぐること神の如き、唯(こ)れ王の門 ~

 これは、春秋戦国時代の斉(せい)の宰相である管仲(かんちゅう)が、君主である桓公から今後の国家経営に関して意見を求められた際に応えた言葉として、『史記』に登場します。

 現在でも「教育は国家百年の大計である」と言われ、教育こそ最重要だと強調されるのは、この管仲の言が元になっているのですが、現代社会において「人を樹うる」(=教育)ことは、管仲桓公に進言した時代より、趣旨も必要性もはるかに高くなっているのではないでしょうか。

 それは、教育を保障する意味が、共同体の維持・発展のみならず、一人ひとりの人生への構えに直結する問題として捉えられているからだということは、これまでもいくつかの記事でさまざまな方の著述を通してみてきたとおりです。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 一方で、共同体で、みなさんの持ち寄った負担(税金)によって、社会の営みを維持・向上しようとするときに、保障しなければならないものは、教育だけではありません。

 以前の記事で公教育や義務教育というものについて振り返りました。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 今回は、一層テキスト的な話になりますが、次に述べるあたりは(学校ではただ不要な知識だと見られているからだけかもしれませんが)学校の先生方もご存じないこともありますので、教育行政の初歩的な点を、何回かに分けてみていきます。(一般の方には退屈な話かもしれません。ご了承ください。)

1.「教育の中の行政」と「行政の中の教育」

 教育関係者は、大学で履修科目として、たとえば「教育哲学」や「教育心理学」、「教育方法学」など様々な体系を学びますが、教育委員会でやっている事務のようなものは、「教育行政学」や「公教育学」という名で学習する分野であり、これは教育という広い世界の一部分に過ぎません。

 一方、役所では、「教育」は、あくまでたくさんある行政事務の一つであり、住民生活の基となる戸籍や住民票の管理からはじまり、保健医療、健康保険や介護保険、また、道路や港といったインフラの管理、そして、消防・救急、警察、環境、ほかにも農漁業や経済の振興などさまざまな仕事がある中の一つです。

 これは、教育を軽視する意味で挙げているのではありません。

 教育は社会の営みの中にあること、そして「生きる力」の保障にあたって教育政策がそれ単体で成り立つものではないことがみえてくるのです。

f:id:kobe-kosodate:20220212142209p:plain

「教育の中の行政」・「行政の中の教育」(市の例)
※市長と教育委員会の位置づけを示す趣旨で、他の行政委員会を省略するなどしている

 教育行政は、子どもの教育から、生涯学習、スポーツも含みます。

 子どもの教育についても、公(おおやけ)のみが担っているわけではもちろんなく、私立学校などを含め、さまざまな機関や施設が重要な役割を担っていますが、特に小学校・中学校の義務教育期間は誰もが一定水準の教育を受けられるよう、校区を設定して公立学校への入学のみちを用意しています。

2.行政組織の「顔」と「手足」

 教育分野に限らず、役所にいる職員が実際には仕事をしていますが、大部分は、建前として、首長(しゅちょう)(市役所なら市長)がしていることになっています。

 役所の職員は首長の手足であり、表に出る顔は首長です。法律的には、役所の何千人の職員は、「首」長(「執行機関」といいます)の「手足」(「補助機関」といいます)です。

 こういった話をはじめにするのは、首長以外に、そういう人格をもつ者(執行機関)は、役所の中では、そんなに多くはないからです。

 では、役所の中で首長以外に何があるかというと、たとえば、行政委員会があります。行政委員会には、教育委員会や人事委員会などがあります。

 地方自治法第138条の4には「普通地方公共団体にその執行機関として普通地方公共団体の長の外、法律の定めるところにより、委員会又は委員を置く。」とあります。

 「委員会」というだけあって、人が集まった集合体で一つの人格です。その一つが、教育分野の大部分を所管する教育委員会です。

3.教育委員会とは

 教育委員会は、常勤の教育長と4人前後の非常勤の教育委員で構成されています。合議体ですので、教育長と教育委員を合わせて一つの「教育委員会」という人格です。首長(市長など)は1人で首長ですが、教育委員会は全員ではじめて「教育委員会」という一つの人格になります。

 この教育委員会が、公立学校のことなど、役所が行う教育の大部分の仕事を守備範囲としています。

 教育委員会などの行政委員会は、首長から独立した権限をもっており、首長とは守備範囲が分かれていますので、教育委員会の守備範囲の仕事は、基本的に首長ではなく教育委員会で決めて仕事を進めます。

4.教育「委員会」にしている意味(1)~政治的中立性~

 議会に議決いただくなどを前提として、行政の立場としては、首長(市長など)なら1人で物事を決められます。しかし、教育委員会は複数人が議論してはじめて一歩前に踏み出せるようにしているのはなぜでしょうか。

 一つ目の理由は、選挙で選ばれた首長が1人で決断してしまうと、教育に個人的な価値判断や特定の党派的影響力が強く出てしまわないかということです。個人の精神的な価値の形成を目指して行われる教育においては、その内容は、中立公正であることが重要であるという考え方です。これを「政治的中立性の確保」といいます。

5.教育「委員会」にしている意味(2)~継続性・安定性の確保、レイマンコントロール

 次の理由は、たとえば選挙で次から次へと首長が交替してしまうことがあるとして、そのつど教育方針が変わり、子どもの学習期間を通じて一貫した方針で教育を受けられないとなったら、それは好ましくはないのではないかということです。「継続性・安定性の確保」の観点を重くみていると言えます。

 では、①そうしていることで逆に動きが遅くならないか、

 また、②選挙で直接選ばれた者ではない教育長や教育委員が行うことで、地域住民の意思の反映はどうするのか、

 という声が出るかもわかりません。

 実際に、教育長や教育委員は、首長が議会の同意を得て任命することになっています。

 まず、動きが遅くならないようにどんな工夫があるのでしょうか。

 さきほど、教育委員会は複数人で1つの人格だと説明しました。その人達の中で常勤は教育長1人です。ですので、教育長がフル稼働して教育委員会の仕事をまわすことになります。教育委員会メンバー全員が毎日集まるわけではありません。

 その中で、どう仕事をまわすか。一つは、教育委員会全員で議論をして決定しなければならない内容は重要なことだけに絞り、たとえば日々の定例的な事務は、教育長が1人で決定できることにしています。これを「教育長委任」といいます。

 なお、教育長に委任できる範囲は法律で決まっており、教育事務の基本的な方針や教育委員会規則等の制定・改廃、学校等の設置・廃止や人事面など、地教行法第25条第2項に挙げられている事務は、教育委員会に上げて決定しなければなりません。

 次に、地域住民の意思の反映ですが、教育委員会にはレイマンコントロールという考え方が導入されています。

 これは、教育委員会のメンバーに行政職員や教育界の人間だけでなく、保護者をメンバーに加える考え方であり、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第4条第5項には、「委員のうちに保護者である者が含まれるようにしなければならない」と規定されています。

 

 今回もここまで読んでいただきありがとうございました。(^^)/