知事や市長の教育行政への関わり度
以前、公の学校教育を進める教育行政は、教育委員会が主となっていることをみてきました。
今回は、首長の役割について少し掘り下げてみていきます。
- 1.総合調整権、予算調製権
- 2.首長(市長など)が行う教育行政の仕事
- 3.教育大綱と教育振興基本計画
- 4.「公教育の政治的中立性」と「国民がのぞむことの反映」
- 5.親、国、その他大勢(民意)が、その子どもの教育内容にどのように関与する立場にあるのか
- 6.まとめ
1.総合調整権、予算調製権
自治体の顔は首長(知事や市長など)ですし、教育長や教育委員の名前や顔を全員知っている方には、職員以外でお目にかかったことがありません。
自治体の教育の仕事について、もちろん首長が無縁ということはなく、まず、首長には「総合調整権」があります。
(地方自治法)
第138条の3 普通地方公共団体の執行機関の組織は、普通地方公共団体の長の所轄の下に、それぞれ明確な範囲の所掌事務と権限を有する執行機関によつて、系統的にこれを構成しなければならない。
2 普通地方公共団体の執行機関は、普通地方公共団体の長の所轄の下に、執行機関相互の連絡を図り、すべて、一体として、行政機能を発揮するようにしなければならない。
そして、何より「予算調製権」があり、予算の案を議会に上げるのは首長の仕事です。
2.首長(市長など)が行う教育行政の仕事
公立学校のことなど基本的な教育行政は教育委員会で行いますが、私立学校のことなど、教育委員会ではなく市長部局が所管しなければならないと定められている仕事もあります。
「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(いわゆる地方教育行政法)でみていきますと、以下の仕事が教育委員会ではなく、首長(の部局)の仕事になります。
首長の職務権限(法第22条)
また、最近の法律改正により、法第23条の規定により、地方自治体が条例で規定すれば、以下の事務も首長の職務権限にすることが可能となっています。
そのほか、委任や補助執行という行政事務上の取り扱いにより、首長(の部局)と教育委員会(事務局)は、事務をお互いに融通しています。
東京大学大学院の村上祐介准教授も『アクティベート教育学⑤ 教育制度を支える教育行政』(青木栄一編著:ミネルヴァ書房)で、「教育行政は教育委員会のみが所管しているわけでなく、むしろ首長と教育委員会が二元的に管理していると理解した方がよいと考えられます」と言われています。
なお、最近は、先ほど挙げたような首長権限への移行が進むような法律改正が続く一方で、就学前の教育や保育を教育委員会に集約する市もあります。
3.教育大綱と教育振興基本計画
地方自治体(首長や教育委員会)が定める方針や計画として、大きいものに「教育大綱」と「教育振興基本計画」があります。
(1)教育大綱
教育大綱は、地方教育行政法第1条の3に基づき、教育委員会と「総合教育会議」を開いて協議して、市長が定めるものです。平成26年の地方教育行政法改正により、新たに作ることになったものです。地域住民の意向のより一層の反映などを目的としています。
(2)教育振興基本計画
一方、教育振興基本計画についてですが、国は、教育基本法第17条第1項に基づいて国としての「教育振興基本計画」を策定しています。
計画期間は5年となっています。
そして、その国の計画を参考にして、自治体でも地域に合わせた「教育振興基本計画」を策定することに努めなければならないとされています。
教育振興基本計画は、市長部局ではなく教育行政のだいたいを担っている教育委員会で策定している自治体が多くみられます。
教育委員会全体の取組状況については、毎年、学識経験者などの意見も取り入れながら、点検・評価して報告書にまとめ、議会に提出し、住民に公表することとされています。
この2つの計画は、市長と教育委員会で行う総合教育会議で議論し、方向性を一致させることが地方公共団体に求められていると言えます。
4.「公教育の政治的中立性」と「国民がのぞむことの反映」
首長が教育にあまりに口を出すことは、政治的中立性が損なわれるとして、一般に教育サイドからは疎んじられるのかもしれません。異論、反論もあると思いますが、少し掘り下げてみていきたいと思います。
教育基本法では、「教育は不当な支配に服することなく」行われるべきものであるとされています。
そして、以前の記事でご紹介したように、中立性の確保の趣旨も含めて教育委員会制度ができています。
一方、先ほど「地方自治法」で紹介しましたように、首長は、教育委員会を含むすべての執行機関をまとめる地方自治体の顔として存在します。
そして、教育委員会の予算を用立てる権限は市長にあります。
「総合教育会議」を開いて、教育全般の意見を教育委員会にも言うことができ、教育大綱を策定します。
教育行政の執行管理は教育委員会に任されているものの、教育委員会の構成や大きな施策の方向性は市長が関わることになっています。
よって、市長が教育について意見を述べたり、大きな方向付けをすることになんら問題はなく、市長と教育委員会の関係において健全だといえます。
一方で、その意見に教育委員会が忖度して動いたりするのでなく、専門性を持つ立場として教育委員会が判断・行動することが、そこに付いていきます。
地方教育行政法が改正され、首長が教育大綱を作ることになったり、総合教育会議を開くようになったりしたのは、いじめへの対応など教育委員会に対する批判が発端です。
教育委員会は責任所在があいまいで、動きが遅く、国民意識(民意)からかけ離れている。そういうイメージを国民に与えました。
このテーマで提起される問題は、
- 「教育の政治的中立性」
=子供たちには政治的に偏らないことを教えなければならないのではないか(政治家である首長は、教育に口出ししてはいけないのではないか)
ということと、
- 「民意の反映」
=国民がのぞむことや、思っていることを首長が代弁することで教育内容に反映させるべきではないか
という双方の考え方を、どう折り合いをつけるかにみえます。
5.親、国、その他大勢(民意)が、その子どもの教育内容にどのように関与する立場にあるのか
論点は少しずれますが、子どもの親、国、そしてその他大勢(民意)が、その子どもの教育内容にどのように首をつっこむ立場にあるのでしょうか。
過去の裁判結果を紐解きますと、まず、「教育を施す権利というのは、教育を施す者の支配的権能ではなく、子供の学習する権利に対応して、その充足をはかりうる立場にある者の責務」なのだと言います。
いわば権利にあらざる権利であり、教育における親や国・自治体の権利・権限は、それぞれの責任を果たすための権利だというわけです。
そして、
親の教育を施す権利は「家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれる」、
また、国は「子ども自身の利益の擁護のため」や「子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため」、「必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有するものと解さざるを得」ないとしています。
この「子どもの成長に対する社会公共の利益と関心」(=民意)を反映させて、国が教育施策を進めるのだと読めます。
1+1は民意がどうあろうと2です。政治的な問題については、国をパスした教科書の中から、教育委員会が選んで採用し、学習指導要領にのっとり、子供たちに教えます。
一方、ICTをもっと活用すべきかどうかとか、子どもたちを取り巻く環境、価値観、家庭環境の急速な変化の中で、生活面の指導・支援をどうしていくのか、また、地域の教育環境を自然環境も含めてどのように整備・保全していくかなどについては、時代の動静や経済の動向に敏感な、いわゆる民意の反映が前提となってきます。
6.まとめ
首長は、公教育に対して確かに指揮命令は及ばないことになっていますが、幅広く住民の命や財産を守る責務を担っていると考えると、いじめや体罰、また、学校施設の安全面など、児童生徒の命を守るという観点からは口を出せないはずがなく、そこで、地方教育行政法に定める、首長と教育委員会で行う「総合教育会議」にも、「教育を行うための諸条件の整備」とか「児童、生徒等の生命又は身体に現に被害が生じ、又はまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれる場合等の緊急の場合に構ずべき措置」などが、協議する事柄として挙げられています。
あらためて、首長と教育委員会の円滑なコミュニケーションと、教育委員会の専門性・信頼の構築が大切だということが見えてきます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。(^^)/