自治体職員が書く“子育て支援・教育行政”

行政窓口で待機児童の家庭のお話をうかがったり、制度設計に奔走している者にしかわからないところを伝えたい、という思いで書いています。子どもの幸せ・親の幸せに幼児教育・保育制度はどう寄与していけるのか、一つひとつ制度を深掘りしていきます。

教育行政をおこなうものについて

「王のなすべきことは、一つの樹から百の果実を得られるような優秀な人材を、長期間かけて育成すること」

 ~ 一年の計は穀(こく)を樹(う)うるに如(し)くは莫(な)く、十年の計は木を樹うるに如くは莫く、終身の計は人を樹うるに如くは莫し
 一樹一穫なる者は穀なり、一樹十穫なる者は木なり、一樹百穫なる者は人なり
 我れ苟(いやし)くも之れを種(う)う、神の之れを用ふるが如し。
 事を挙ぐること神の如き、唯(こ)れ王の門 ~

 これは、春秋戦国時代の斉(せい)の宰相である管仲(かんちゅう)が、君主である桓公から今後の国家経営に関して意見を求められた際に応えた言葉として、『史記』に登場します。

 現在でも「教育は国家百年の大計である」と言われ、教育こそ最重要だと強調されるのは、この管仲の言が元になっているのですが、現代社会において「人を樹うる」(=教育)ことは、管仲桓公に進言した時代より、趣旨も必要性もはるかに高くなっているのではないでしょうか。

 それは、教育を保障する意味が、共同体の維持・発展のみならず、一人ひとりの人生への構えに直結する問題として捉えられているからだということは、これまでもいくつかの記事でさまざまな方の著述を通してみてきたとおりです。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 一方で、共同体で、みなさんの持ち寄った負担(税金)によって、社会の営みを維持・向上しようとするときに、保障しなければならないものは、教育だけではありません。

 以前の記事で公教育や義務教育というものについて振り返りました。

kobe-kosodate.hatenablog.com

 今回は、一層テキスト的な話になりますが、次に述べるあたりは(学校ではただ不要な知識だと見られているからだけかもしれませんが)学校の先生方もご存じないこともありますので、教育行政の初歩的な点を、何回かに分けてみていきます。(一般の方には退屈な話かもしれません。ご了承ください。)

1.「教育の中の行政」と「行政の中の教育」

 教育関係者は、大学で履修科目として、たとえば「教育哲学」や「教育心理学」、「教育方法学」など様々な体系を学びますが、教育委員会でやっている事務のようなものは、「教育行政学」や「公教育学」という名で学習する分野であり、これは教育という広い世界の一部分に過ぎません。

 一方、役所では、「教育」は、あくまでたくさんある行政事務の一つであり、住民生活の基となる戸籍や住民票の管理からはじまり、保健医療、健康保険や介護保険、また、道路や港といったインフラの管理、そして、消防・救急、警察、環境、ほかにも農漁業や経済の振興などさまざまな仕事がある中の一つです。

 これは、教育を軽視する意味で挙げているのではありません。

 教育は社会の営みの中にあること、そして「生きる力」の保障にあたって教育政策がそれ単体で成り立つものではないことがみえてくるのです。

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「教育の中の行政」・「行政の中の教育」(市の例)
※市長と教育委員会の位置づけを示す趣旨で、他の行政委員会を省略するなどしている

 教育行政は、子どもの教育から、生涯学習、スポーツも含みます。

 子どもの教育についても、公(おおやけ)のみが担っているわけではもちろんなく、私立学校などを含め、さまざまな機関や施設が重要な役割を担っていますが、特に小学校・中学校の義務教育期間は誰もが一定水準の教育を受けられるよう、校区を設定して公立学校への入学のみちを用意しています。

2.行政組織の「顔」と「手足」

 教育分野に限らず、役所にいる職員が実際には仕事をしていますが、大部分は、建前として、首長(しゅちょう)(市役所なら市長)がしていることになっています。

 役所の職員は首長の手足であり、表に出る顔は首長です。法律的には、役所の何千人の職員は、「首」長(「執行機関」といいます)の「手足」(「補助機関」といいます)です。

 こういった話をはじめにするのは、首長以外に、そういう人格をもつ者(執行機関)は、役所の中では、そんなに多くはないからです。

 では、役所の中で首長以外に何があるかというと、たとえば、行政委員会があります。行政委員会には、教育委員会や人事委員会などがあります。

 地方自治法第138条の4には「普通地方公共団体にその執行機関として普通地方公共団体の長の外、法律の定めるところにより、委員会又は委員を置く。」とあります。

 「委員会」というだけあって、人が集まった集合体で一つの人格です。その一つが、教育分野の大部分を所管する教育委員会です。

3.教育委員会とは

 教育委員会は、常勤の教育長と4人前後の非常勤の教育委員で構成されています。合議体ですので、教育長と教育委員を合わせて一つの「教育委員会」という人格です。首長(市長など)は1人で首長ですが、教育委員会は全員ではじめて「教育委員会」という一つの人格になります。

 この教育委員会が、公立学校のことなど、役所が行う教育の大部分の仕事を守備範囲としています。

 教育委員会などの行政委員会は、首長から独立した権限をもっており、首長とは守備範囲が分かれていますので、教育委員会の守備範囲の仕事は、基本的に首長ではなく教育委員会で決めて仕事を進めます。

4.教育「委員会」にしている意味(1)~政治的中立性~

 議会に議決いただくなどを前提として、行政の立場としては、首長(市長など)なら1人で物事を決められます。しかし、教育委員会は複数人が議論してはじめて一歩前に踏み出せるようにしているのはなぜでしょうか。

 一つ目の理由は、選挙で選ばれた首長が1人で決断してしまうと、教育に個人的な価値判断や特定の党派的影響力が強く出てしまわないかということです。個人の精神的な価値の形成を目指して行われる教育においては、その内容は、中立公正であることが重要であるという考え方です。これを「政治的中立性の確保」といいます。

5.教育「委員会」にしている意味(2)~継続性・安定性の確保、レイマンコントロール

 次の理由は、たとえば選挙で次から次へと首長が交替してしまうことがあるとして、そのつど教育方針が変わり、子どもの学習期間を通じて一貫した方針で教育を受けられないとなったら、それは好ましくはないのではないかということです。「継続性・安定性の確保」の観点を重くみていると言えます。

 では、①そうしていることで逆に動きが遅くならないか、

 また、②選挙で直接選ばれた者ではない教育長や教育委員が行うことで、地域住民の意思の反映はどうするのか、

 という声が出るかもわかりません。

 実際に、教育長や教育委員は、首長が議会の同意を得て任命することになっています。

 まず、動きが遅くならないようにどんな工夫があるのでしょうか。

 さきほど、教育委員会は複数人で1つの人格だと説明しました。その人達の中で常勤は教育長1人です。ですので、教育長がフル稼働して教育委員会の仕事をまわすことになります。教育委員会メンバー全員が毎日集まるわけではありません。

 その中で、どう仕事をまわすか。一つは、教育委員会全員で議論をして決定しなければならない内容は重要なことだけに絞り、たとえば日々の定例的な事務は、教育長が1人で決定できることにしています。これを「教育長委任」といいます。

 なお、教育長に委任できる範囲は法律で決まっており、教育事務の基本的な方針や教育委員会規則等の制定・改廃、学校等の設置・廃止や人事面など、地教行法第25条第2項に挙げられている事務は、教育委員会に上げて決定しなければなりません。

 次に、地域住民の意思の反映ですが、教育委員会にはレイマンコントロールという考え方が導入されています。

 これは、教育委員会のメンバーに行政職員や教育界の人間だけでなく、保護者をメンバーに加える考え方であり、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第4条第5項には、「委員のうちに保護者である者が含まれるようにしなければならない」と規定されています。

 

 今回もここまで読んでいただきありがとうございました。(^^)/