自治体職員が書く“子育て支援・教育行政”

行政窓口で待機児童の家庭のお話をうかがったり、制度設計に奔走している者にしかわからないところを伝えたい、という思いで書いています。子どもの幸せ・親の幸せに幼児教育・保育制度はどう寄与していけるのか、一つひとつ制度を深掘りしていきます。

幼保一元化をどうみるか

f:id:kobe-kosodate:20211204104525p:plain
 国が検討中の「こども庁」創設に向けた検討で、文部科学省が幼稚園所管を固辞しているために幼保一元化は先送りの見込みだと報道されています。

こども庁、政策の「一元化」遠ざかる 文科省からの移管見送りへ
子ども関連政策を中心に担う「こども庁」の新設について、厚生労働省内閣府の関係部署を統合する案を軸に政府が検討していることが分かった。義務教育は文部科学省に残すため、子ども政策の一元化からは遠ざかる。政府は年末までに組織のあり方の基本方針を取りまとめる予定だ。
出典元:朝日新聞デジタル 2021年11月8日18時20分

 幼保一元化について、どう考えればよいのでしょうか。
 これまでの幼稚園・保育所制度の一本化については、以下の記事にまとめています。
kobe-kosodate.hatenablog.com
 ここでは、これまでの取り組みを踏まえて、改めて幼保一元化について見ていきます。

1.幼保一元化の目的(何を一本化するために一元化するのか)

 まず、見ていくことは、何を一本化するための一元化なのかということです。
 幼・保の事務に携わってきた中で、窓口やお電話でお聞きしてきた意見としては、

  • 質の高い教育・保育水準の確保「園の種類に関係なく、質の高い教育・保育水準をしっかり確保してほしい」
  • 最低限の質の確保「子どもが園から泣いて帰ってきたときに、たらいまわしにされずに保護者が相談できるきちんとした指導部署が一元化されてほしい」

 また、園の設置者・園長の皆さんからの意見としては、

  • 運営や設置に要する費用の公的補助や支援のレベルを合わせてほしい(幼稚園より保育所のほうが一般に補助が充実しているのではないか)

 といったものでしょうか。
 以下、これらが今どのような状況なのか、また、それがバラバラであるならば、何が原因でそうなっているのか見ていきます。
 なお、以上の意見のほかに

  • 入園手続きの一本化「入ることができる園が見つかるまで保護者が園を駆けずり回るようなことがない入園制度にしてほしい」

 という意見もいただきますが、これは、改めて別のところで見ていきたいと思います。

2.質の高い教育・保育水準の確保、最低限の質の確保

(1)教育内容の質の確保に向けた現状

 例えば、小学校や中学校ですと、それぞれの「学習指導要領」に基づいて教育が行われ、それが確実に各学校で行われるよう、公立学校であれば教育委員会が指導や教員研修などを行っています。
 それに対して、就学前教育・保育の主体である幼稚園、保育所(園)、そして認定こども園では、どのような基準に基づいて教育が行われているのでしょうか。
 なお、そもそも保育所は学校では無いことをもって、保育内容に教育的視点が不足していると言われる方もあります。ただ、保育所も「幼児教育を行う施設」との位置づけが明確化されており、幼稚園・保育所(園)をいくつも訪問させていただいた経験から言うと、教育の中身のレベル感は、幼保の違いというより、明らかに幼保を問わない園ごとの違いだと実感しています。
 幼稚園(及び幼稚園型認定こども園)は「幼稚園教育要領」、保育所(及び保育所認定こども園)は「保育所保育指針」、そして幼保連携型認定こども園では「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」に基づいて教育・保育を行うこととされています。
 以上のように別々の要領・指針ではありますが、教育面では、これらの要領・指針間で整合が図られています
 幼稚園では『学校教育法』において幼稚園の目標が5つ示されており、いわゆる五領域(「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」)が提示されていますが、保育所でも『保育所保育指針』において、子どもの保育の目標の中で同様に記載されているほか、幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続に向けて「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」の10項目が幼保小で共有されています。

(2)国の質向上に向けた取り組み

 そうした制度上のすり合わせができている中で、どのように指導・研修をしていくかが取り組みの大切なところとなります。
 確かに幼稚園・保育所認定こども園で国の所轄庁がバラバラではありますが、この就学前教育・保育の質の向上については、現在も文部科学省が中心になって一元的に進められています
 例えば、文部科学省の諮問機関である「中央教育審議会」(いわゆる中教審)の「初等中等教育分科会」に、「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」が設置され、幼保小の接続期の教育の質的向上に関して検討が進められています。
 園ごとに行う保育に特色という意味での相違があることは、悪いことでもなんでもなく、質の高い教育・保育が確保されていないとすればそれが問題なわけです。
 仮にそうであるならば、それは保育所保育指針や幼稚園教育要領どおりに園がしていないということになってしまうのですが、それを何とかするのが、国で検討中の「幼保小の架け橋プログラム」の大事な点であり、それは以下の記事も参考にしていただけましたら幸いです。
kobe-kosodate.hatenablog.com

(3)質向上に向けた指導・研修の濃淡

 次に、教育内容面の指導・研修についてです。
 研修面では、自治体によって、公・私立の幼稚園・保育所認定こども園の合同研修が行われるなど、園の種類によらない研修機会の確保が進められています。
 実際に内容面で上述の要領・指針に基づいていないことが行われているのであれば、役所(基本的にはその園を認可した自治体)が指導しなければならないのが道理ですが、白黒つけられないところも現実としてあります。
 指導面については、自治体が指導する公立はさておき、私立については、保育所や幼保連携型認定こども園と幼稚園で、いささか状況が異なります。
 詳細は別の場にゆずりますが、保育所は、児童福祉法第24条に「役所は、保育が必要な子どもに対し、保育所認定こども園・地域型保育事業所で保育を実施・確保しなければならない(筆者要約)」とあり、その役所の責務を履行するために、私立保育所等も保育を行っています
 ですので、私立保育所等の(保育が必要な家庭への)教育・保育については、それ相応の役所の指導監督が入るわけです。
 一方で、私立幼稚園への役所の指導監督は限定的です。
 私立幼稚園の運営主体は主に学校法人ですが、私立学校は私人が寄附した財産などによって設立・運営されることを原則としています。
 私立幼稚園は、私財をなげうって創立者の「建学の精神」に基づいて「独自の校風」を築いてきたという特性に根ざして、所轄庁(役所)による規制ができるだけ制限された法制度となっており、役所が指導できる範囲は限定されています。
 ですので、基本的に私立幼稚園の教育内容に自治体が深く介入することはありません
 先駆者の方々の「教育の自由」や「私学の自治」が、自立した自由闊達な学びを広げてきた側面を考えると、保育所制度とは一線を画し、きわめて自然な話と受け止めることができますが、一律な質の確保を望む声に対応することとは、完全に両立させることはできない面が見えてきます。
 これは、児童福祉上の「日中家庭でみることができない子どもは、役所が保育しなければならない」という責務を、役所に代わって負う私立保育所やその設置者である社会福祉法人等と、そこまで役所が公的に保障することが法定化されておらず、自主的運営での充実を意識した私立幼稚園やその設置者たる学校法人の間の、設立目的にかかる相違であって、所轄庁の相違から生まれているものではないと言えます。

(4)運営や設置に要する費用の公的補助や支援

 ここまでの話の裏腹にあるのが、幼稚園より保育所のほうが一般に補助が充実であるという話です。
 福祉行政と教育行政上で、予算確保上の力の差があるかどうかは私があずかり知らぬところですが、そういう話よりも、前述の「実施責務の有無」と「指導監督の濃淡」が理由というのがしっくりきます。
 我が国では、就学前教育・保育の「義務化」ではなく「無償化」で実質的に機会保障をしている立て付けで説明がなされますが、共働きなど保育が必要な子どもの保育は「役所の義務」ですが、そうではない子どもの保育(教育)は義務ではありません。ですので、それがそのまま指導監督面の権限の濃淡に反映され、それがそのまま設置や運営に必要な費用をどれだけ補助するかにつながっています

3.まとめ

 ここまでみますと、幼保一元化を難しくさせているのは、文部科学省厚生労働省内閣府に別れているからということよりも異なる視点が見えてきます。
 それは、幼稚園制度と保育所制度の根本に関する相違と、それを担うとして設立されている法人の設立目的の相違の話につながります。
 また、自治体においても、首長部局と教育委員会の分担による業務の分断化が課題に挙げられることがあります。これは各自治体での連携や委任・補助執行などの取り組みで、業務を一元化している例が見られます。
 むしろ、例えば指定市政令指定都市)におけるネックは、幼稚園と保育所が、県の認可(幼稚園)と市の認可(保育所)に別れているところなのかもしれません。
 幼稚園と保育所の所轄庁が文部科学省厚生労働省に分かれているデメリットとしては、家庭の就労状況や居住地が幼稚園・保育所どちらに近いかだけで、制度も指導監督も異なる園で保育を受け、その提供する内容を裏打ちする施策も所轄庁も別であるということがあり、所轄庁を一本化する意義や趣旨は、方向性としては賛同の多いところです。
 一方で、幼稚園は文部科学省所管として、特別支援教育を含み小学校以降の教育と強くつながっていることや、保育所厚生労働省所管として、母子保健や療育面、養育上の支援と密接につながることも、非常にメリットだと考えられます。
 そういうことがみえてきますと、子ども施策を一元的に管理することはもちろん方向性としては大切なことですが、所管庁の統合のみでは、根本的な課題解決にはならないことや、集約させた分、別のところで断絶が生じないか等の点によく留意することが大切ではないでしょうか。