自治体職員が書く“子育て支援・教育行政”

行政窓口で待機児童の家庭のお話をうかがったり、制度設計に奔走している者にしかわからないところを伝えたい、という思いで書いています。子どもの幸せ・親の幸せに幼児教育・保育制度はどう寄与していけるのか、一つひとつ制度を深掘りしていきます。

幼保小接続、架け橋プログラムとは(その1)

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 12月15日に、中央教育審議会の初等中等教育分科会に設置された「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」の第5回会議が開催されていました。
 幼保小(幼稚園・保育所(園)・認定こども園等と小学校)の育ちや学びの接続を進める、いわゆる「架け橋プログラム」については、これまでもいくつかの報道がなされています。

幼児教育 ばらつき直したい
■新プログラム策定へ
小1への移行スムーズに
 文部科学省は、幼稚園や保育園、認定こども園に通う5~6歳児が小学1年生へと円滑に移行できるよう、新たな教育プログラムの策定を進めている。国際的にも幼児教育が重視されるなか、幼児期の学びのあり方を具体的に示すことで、小学校でのつまずきをなくし、効果的な学習へとつなげることが狙いだ。
 「規律を大事にする教育を受けた小1の児童は、いすに座って先生の話を聞ける。だが、そのような教育を受けなかった児童は言うことを聞かず、一律の指導が難しい」
 東京都内の小学校校長がこう打ち明けるように、毎年、新1年生の態度にはばらつきが目立つ。深刻なケースでは、勉強についていけなくなるほか、授業中に騒いだり、不登校になったりする「小1プロブレム」が生じかねないという。
出典元:読売新聞 令和3年11月5日(朝刊)

 幼稚園や保育園でしっかり小学校入学の準備をしてこず、バラバラなレベル感で小学校に入学してくるので、小学校で45分ずっと座ってくれないし、一斉一律授業ができないのだという悩みを中心に書かれていますが、これをどう読めばよいのでしょうか。
 幼保小接続について何度かに分けてみていきたいと思います。
 まず今回は、幼保小の接続について、架け橋プログラムがどのような視点で検討されているのかを見ていきます。

1.架け橋特別委員会での議論:子どもたちの精神的幸福度

 幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続を検討している「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」で挙げられている主要な論点の一つは、「すべての幼児のウェルビーイングを高めるカリキュラムの実現」です。
 幼児教育と小学校教育の接続を考えるとき、重視されているのは、子どもの人権を基盤とする「メンタル・ウェルビーイング」の視点であり、精神的幸福度合いを高める保育実践や授業展開がなされることを重視しています。
 日本の子どもたちの幸福感が世界比較で非常に低いということが、新聞等の紙面で取り上げられていたことを記憶している方もあると思いますが、これは、ユニセフの調査によるものです。(『レポートカード16-子どもたちに影響する世界:先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か(原題:Worlds of Influence: Understanding what shapes child well-being in rich countries)』)

日本の子どもの幸福度の結果
 よい子ども時代とは何でしょうか。レポートカード16では、それを、精神的幸福度、身体的健康、スキルの3つの側面から考え、それぞれ2つずつの指標で分析しました。
 精神的幸福度については、ポジティブな面の指標として、生活満足度、ネガティブな指標として自殺率を使いました。
 身体的健康では、子どもの死亡率、そして、先進国における栄養不良を表す肥満率に注目しました。
 スキルについては、子どもたちが高い学力をもつだけでは不十分と考え、学力と社会的スキルを同じ比重で分析しました。
総合順位20位
分野別順位
 精神的幸福度(37位)
 身体的健康(1位)
 スキル(27位)
日本は子どもの幸福度(結果)の総合順位で20位でした(38カ国中)。
しかし分野ごとの内訳をみると、両極端な結果が混在する「パラドックス」ともいえる結果です。身体的健康は1位でありながら、精神的幸福度は37位という最下位に近い結果となりました。また、スキルは27位でしたが、その内訳をみると、2つの指標の順位は両極端です。
出典元:公益財団法人日本ユニセフ協会ホームページ「ユニセフ報告書「レポートカード16」先進国の子どもの幸福度をランキング 日本の子どもに関する結果」より(筆者にて太字)

 なお、この引用のうち「スキル」の内訳である「2つの指標」とは、「数学・読解力で基礎的習熟度に達している15歳の割合」と「社会的スキルを身につけている15歳の割合」であり、前者(数学・読解力)がトップ5に入る一方で、後者(社会的スキル)はワースト2位という結果でした。

2.「授業で座るように」=「子どもの幸せ感」?

 特別委員会の主要な論点が、子どもの幸福感を高める保育や授業をどう展開するかだと聞くと、それは先述の記事のような「学校で落ち着かないような子が減って、小学校入学までに自制心や規範意識をもった振る舞いができるようになる子どもが増えるようにすべきだ」という話とは論点が異なるように感じる人も多いかもしれません。
 少し古いですが、国が平成22年に立ち上げた「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方に関する調査研究協力者会議」の報告書には次のように書かれています。

 幼児期(特に幼児期の終わり)における学びの基礎力の育成において重要であるのは、幼児が人やものに興味をもち、かかわる中で様々なことに気付くとともに、それらを深め、広げていく過程の中で、自己発揮と自己抑制を調整する力を育むことであり、それらを通じて、個人として、また社会の構成員としての自立への基礎を養うことである。
 具体的には、「学びの自立」、「生活上の自立」、「精神的な自立」の「三つの自立」を養うことであり、(中略)こうした考え方は、幼児期の教育との接続を図る上で重要な役割を果たす小学校低学年の生活科の目標に通ずるものであることにも留意する必要がある
出典元:幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について(報告)平成22年11月11日(筆者にて太字)

 次に、ひるがえって「幼児期と児童期が共通して抱える課題への対応」として、

 近年の子どもの育ちについては、基本的な生活習慣が身に付いていない、他者とのかかわりが苦手である、自制心や耐性、規範意識が十分に育っていないなどの課題が指摘されている。また、小学校1年生などの教室において、学習に集中できない、教員の話が聞けずに授業が成立しないなど学級がうまく機能しない状況(いわゆる「小1プロブレム」)にある学校が見られる。加えて、多くの情報に囲まれた環境にいるため、世の中についての知識は増えているものの、それらは断片的で受け身的なものが多く、学習に対する意欲や関心が低いとの指摘がある。
 これらはまさに幼児期から児童期にかけての学びの基礎力の育成の在り方に関わる問題、すなわち「学びの自立」、「生活上の自立」、「精神的な自立」を培うことや「基礎的な知識・技能」、「課題解決のために必要な思考力、判断力、表現力等」、「主体的に学習に取り組む態度」といった生涯にわたる学習基盤の形成の在り方に関わる問題である。
出典元:幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について(報告)平成22年11月11日(筆者にて太字)

 ここまでお読みいただいていかがでしょうか。
 幼児教育において「幼児が人やものに興味をもち、かかわる中で様々なことに気付くとともに、それらを深め、広げていく過程」というのは、子ども本人が能動的・意欲的に遊び込む過程であって、本来的に楽しいもの(幸せなもの)です。
 逆に、小学校入学期の子どもに「自制心や耐性、規範意識が十分に育っていない」という現状は、現在の幼児期の教育で、表層的な「できる・できない」に力が入り、幼児が人やものに興味をもち、それらに関わる中での気付きや深まりの中で自己発揮と自己抑制を調整する力を育む過程や、個人及び社会の一員としての自立への基礎を養う過程が、なおざりになっていないかという警鐘だと受け取れないでしょうか。

3.他者への関心・共感・「思いやり」の表れとしての自制心や規範意識

 ついつい私たちは、子どもに対して「人にはやさしくするんですよ」とか言いますが、そもそも、他人に暴力を振るわないとか、やさしく接するとか、人の気持ちを汲み取ろうとする言動は、大人から「やさしくしなさい」と言われて、「やさしくしないといけないんだ」と思って身につくものではなく、根っこには愛着を基盤とする自尊心があり、それを土台に、他者との共同体験の積み重ねが、自分以外の人の気持ちに思いを寄せたり、共感することにつながり、いわゆる「思いやり」が芽生え、自制心や規範意識として、小学校でのいわゆる落ち着いたクラスにつながることは、今ではよく知られていることです。
 しつけを否定するものでは全くなく、大切なものに間違いはありませんが、ここまで考えていきますと、先述の小学校長が「規律を大事にする教育を受けてこなかった児童は言うことを聞かず、一律の指導が難しい」という趣旨のコメントが、仮に「ちゃんと座る習慣づけをしたり、大人の話を静かに聞く習慣づけをしてから入学してきてもらわないと、一律指導ができない」ということならば、記者が発言の一部を切り取ったものだとはいえ、短絡的な現状認識だということになってしまいます。
 根はもっと深いところにありますし、もっと言えば、小学校入学後にすぐに一斉に一律指導できるのが小学校教育上重要な段取りだと思われているのなら、そのあたりについてももう少し考えていく必要があるように思います。

4.小学校の前倒し教育ではなく、幼児期だからこそ養うべき力を伸ばすということ

(1)早期教育の誤解

 文部科学省は、この架け橋プログラムは早期教育を進めるものではないと強調していますが、小学校に入るまでに、名前はもちろん平仮名を一通り書けるようにさせたり、足し算ぐらいはできるようにさせたり、というのが地域によって当たり前で、いや、もっともっと地域では早期教育に拍車がかかっている中での「幼小接続の推進」の報道は、早期教育のさらなる前倒しだと誤って受け止められているところもあるようです。

狙いは小1プロプレムの解消? 文部科学省「架け橋プログラム」策定へ
幼児教育から小学校教育への移行をスムーズに
幼稚園や保育園、認定こども園に通う5~6歳児が小学校1年生にスムーズに移行できるよう、文部科学省が新たな教育プログラム、「幼保小の架け橋プログラム」の策定を進めています。
授業中なのに、教室内を歩き回る。先生の指示通りに行動できない。今回の「架け橋プログラム」の背景にあるのが、こんな「小1プロブレム」だそう。 
(中略)
幼児教育は重要だけど……?
実は、今回のプログラムには「小1プロブレムが5歳プロブレムに変わるだけ」「行きすぎた早期教育では?」といった疑問の声も少なからず聞こえてきます。 
(中略)
授業をきちんと聞くことができない新入生。深刻なケースでは、早期に勉強についていけなくなったり、不登校につながることもある、と聞くと、幼児教育の質を保ち、小学校にスムーズに移行する、というのは確かに重要、と感じます。けれど、椅子にきちんと座って先生の言う通りに動くことで、かえって委縮する子どももいるのでは?と思うことも。しかも、家庭環境や、園の教育方針、園庭の広さ、保育士の数、質など、違いは多岐にわたります。
「個性」が求められる時代。異なる環境の中で、個々の特性を伸ばしつつも、教育の質も確保する。「言うも行うも、なかなか難し」というところでしょうか。
出典元:Hanakoママweb【気になる!教育ニュース】 小1プロプレムの解消 のための国の施策とは
hanakomama.jp

(2)「架け橋プログラム=5歳児教育プログラム」ではない

 そもそも架け橋プログラムの趣旨(子供たちの精神的幸福度向上)は、小学校の前倒し教育ではなく、幼児期だからこそ養うべき力を伸ばすということにあり、特別委員会の論点整理資料からも、5歳児クラスから小学校1年生までの期間を主眼に取り組みが必要だと記載されています
 ですので、架け橋プログラムは、「幼稚園・保育所(園)・認定こども園等で、もっとちゃんと躾をしてから入学までつなげなさい」という趣旨では無いことはもちろんのこと、「幼稚園・保育所(園)・認定こども園等の保育実践をがんばれ」というだけの話でもなく、この射程には「小学校1年生の学級経営や授業がこのままでよいのか」という視点が入っていることは明らかです
 これは、先述の「Hanakoママweb」さんが、「椅子にきちんと座って先生の言う通りに動くことで、かえって委縮する子どももいるのでは?と思うことも。」と違和感を感じておられるところとつながります。
 文部科学省が公表している委員会資料をきちんと読めば、新聞紙上を踊っているような「5歳児教育プログラム 狙いは」とか、先述の「幼児教育 ばらつき直したい」というような、幼児教育だけを狙い撃ちするような見出しにはならないのにと思います。
 報道がそういう視点をされているため、どうしても小学校に向けた準備を幼児期にしっかりさせるのだという受け止めになってしまうのですが、本当は、幼児期だからこそ養うべき根っこの力をどうやって伸ばしてあげれば、小学校以降自ら生き生きと花開くことにつながるのか、また、幼児期に育んだ根っこの力をどうやったら小学校教育は上手に引き継げるのかという、子どもたちの発達段階に応じた、幸福度向上につながる取り組みを進める必要があると考えます。
 次回は、幼保小接続、架け橋プログラムを、小学校教育の方からもっと見ていきたいと思います。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。(^^)/